2011年4月 のアーカイブ

えびせんべいの里

2011年4月24日 日曜日

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本日は愛知県知多郡美浜町にあります「えびせんべいの里」へ来ました。
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ここは何時来ても人で溢れております。
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入り口にある帆船模型。
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広大な店内では、
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試食コーナーが充実しており、
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そこかしこで、ほぼ全種類の試食が可能です。
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ここにも試食コーナー。
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それにしてもこのポスター、
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とても気になります。えびせんべいをこのように食べた事はないのですが。ちょっと面白い。
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ここはえびせんべいの里と言うだけあって、工場見学もできますようです。
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こちらで作ります。
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これが出来上がりサンプル。
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楽しそうです。
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一枚300円。
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体験できると言うのが良いですね。
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予約制のようです。
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ここでのもう一つの名物は、コーヒーやお茶が、
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飲み放題である事です。このサービス精神。見習いたいものですねえ。
それではまた。

お宝BOXの中身 その9 スーパープレーン旅客機シリーズFastWing

2011年4月23日 土曜日

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今回はスーパープレーン旅客機シリーズFastWingを御紹介
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それほど、懐かしみを感じる玩具ではないですが
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古さを感じない分、スケールモデルとして今でも使えそうです
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ボーイング707(パンナム)
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コンコルド(エアーフランス)
乗りたかったなあ。
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トライスター(全日空)
昭和のビッグニュースの主役でしたねえ。
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DC-10(アメリカン)
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中身はこのような構成です。
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今飾っても、悪い気はしません。
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自由自在な
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レイアウト。
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CONCORDE
PLAYART 7420
MADE IN HONG KONG
このスケールモデル、いつ飾ろうか、悩みどころです。

子曰、非其鬼而祭之、諂也、見義不為、無勇也

2011年4月22日 金曜日


「子曰、非其鬼而祭之、諂也、見義不為、無勇也」
孔子の論語の一節
本日、私的に御目出度い事が御座いまして、また、思うところがあってこの一節をタイトルといたしました。
意味につきましては、あえて解説を省略する事とし、代わりに私個人の略式家計図を見つけましたので、少しだけ公開いたします。
それにしても、興味深い。面白い名前が多いです。
さて、普段はこのような事は考えないのですが、少しだけ先祖について考えてみました。

1の2乗は2
2の2乗は4
4の2乗は8
8の2乗は16
16の2乗は32

わずか5世代遡るだけで32人の先祖に辿り着くのですねえ。この計算では10世代も遡れば、

32の2乗は64
64の2乗は128
128の2乗は256
256の2乗は512
512の2乗は1024

その数はなんと1024人です。適齢期を30年と仮定して10世代前の西暦を試算すると30×10=300年ですから、1700年といえば江戸中期頃でしょうか。
試しに西洋起源まで遡った場合、何世代で何人の関わりがあったかを試算してみますと、

2011÷30=67世代
2の67乗は1475739530000000000000人となります。

単位で言いますと1.4垓(がい)という聞きなれない単位になります。
※単位:一・十・百・千・万・十万・百万・千万・億・十億・百億・千億・兆・十兆・百兆・千兆・京・十京・百京・千京・垓

起源元年の日本は弥生時代であり、ヨーロッパではローマ帝国、アジアでは三国志の時代ですね。大昔と思うかもしれませんが、表題の一節を記したとされる孔子様はさらに古い人物で紀元前551年ごろの人物ですから驚きです。

我々は最初から多くの人のバトンリレーを受けて此処に在るというわけですね。そして、また見ぬ多くの人へバトンを渡さなければならないという重要な役目も背負わされていると言えます。
私は日ごろから「人生は短い」と嘆いておりましたが、こうして先祖について考察すれば、実は生きているだけで儲けものなのであると、そう前向きに考えれるようになった気がします。この気持ちをあえて言葉にするなら「人生とは賜物である」ですかねえ。
今回は普段とは内容の異なるメルヘンチックなお話でした。それでは。

ANOBAR8 第7回 アノバーエイト(ANOBAR 8)と日本のオートマタ(Automata)

2011年4月16日 土曜日

今回はオートマタ(Automata)がどのような人物が、どのような環境で開発したのかを調べてみました。といっても、ヨーロッパのカラクリ人形を調べようと思ったのですが、敷居が高かったので、とりあえず日本のからくり作家であり「弓曳き童子」で有名な「田中久重氏」についてWikiで調べてみました。

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こちらは私が名古屋市科学館で撮影した茶運び人形です。
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材質や言い方は違えど、オートマタ(Automata)でありましょう。

——原文ここから——

田中 久重(たなか ひさしげ、寛政11年9月18日(1799年10月16日) – 明治14年(1881年)1月11日)は江戸時代から明治にかけて「東洋のエジソン」「からくり儀右衛門」と呼ばれ活躍した日本の発明家である。筑後国久留米(現在の福岡県久留米市)生まれ。久重が創設した田中製造所は後年、東芝となる。

幼少期 [編集]1799年9月18日(1799年10月16日)、筑後国久留米(現在の福岡県久留米市)の鼈甲細工師・田中弥右衛門の長男として生まれた。幼名は儀右衛門。幼い頃から才能を発揮し、五穀神社(久留米市通外町)の祭礼では当時流行していたからくり人形の新しい仕掛けを次々と考案して大評判となる。この間九州各地や大阪・京都・江戸でも興行を行い、その成功により日本中にその名を知られる。

成人後 [編集]
万年時計こと万年自鳴鐘(和時計)天保5年(1834年)には大坂の伏見(現在の大阪市中央区伏見町)に移り懐中燭台、無尽灯(圧縮空気により灯油を補給する灯明)などを考案し「からくり儀右衛門」と呼ばれ人気を博する。その後京都へ移り、天文学や蘭学などの西洋の文化技術を学ぶ。嘉永4年(1851年)には、「万年自鳴鐘」を完成させた。2011年現在、重要文化財に指定されている。

「万年時計」として知られるこの時計は平成16年(2004年)に東芝、セイコーなどの研究者によって分析・復元されレプリカが平成17年(2005年)の愛・地球博で展示された。この復元作業には100人の技術者が携わり最新の機材を投入したが、解析に時間がかかり、愛・地球博の開催日までに動力の発条(ぜんまいばね)に使われている分厚い真鍮板を調達できなかった事などを理由に展示されたレプリカは完璧な復元には至らなかった(開催中はステンレス製のぜんまいが代用された)。現在「万年自鳴鐘」の原品は国立科学博物館に寄託され、平成19年(2007年)には機械遺産(22号)に認定された。

田中久重が製造した蒸気機関車の模型(嘉永6年(1853年))やがて、大坂から佐賀に移住した久重は、嘉永6年(1853年)、佐野常民の薦めで蘭学狂いと言われた鍋島直正が治める肥前国佐賀藩の精煉方に着任し国産では日本初の蒸気機関車及び蒸気船の模型を製造。文久3年(1863年)、佐賀藩の反射炉で初の国産アームストロング砲を完成させ佐賀藩の興隆に尽くす。元治元年(1864年)には久留米藩に帰り藩の軍艦購入や銃砲の鋳造に携わり、殖産興業等にも貢献した。

田中製作所の設立と晩年 [編集]明治6年(1873年)に上京。明治8年(1875年)に東京・銀座に電信機関係の製作所・田中製造所を設立。明治14年(1881年)1月11日、82年の生涯に幕を閉じた。田中製作所は、養子の2代目久重が引き継ぎ、これが現在の東芝の基礎となった。

語録 [編集]高い志を持ち、創造のためには自らに妥協を許さなかった久重は以下の言葉を残している。 「知識は失敗より学ぶ。事を成就するには、志があり、忍耐があり、勇気があり、失敗があり、その後に、成就があるのである」

——原文ここまで——※参照

※引用元http://ja.wikipedia.org/

からくり作家で調べたら「東芝」の創設者様が検索にヒットしてしまいました。
この偉大な人物は「べっ甲細工職人の長男」と言う環境で育ち、幼少時より才能を発揮し「東洋のエジソン」「からくり儀右衛門」と呼ばれ、その後は多方面で活躍をされた人だったようで御座います。
興味深いのは西洋だけでなくこの日本においても、200年前に似たようなカラクリ人形を作っていたと言う事です。そして、そのカラクリ人形の開発が(おそらく)一人で成されているのではないかという点。
何のために、誰のために、それを開発したのかはわかりませんが、発明家と呼ばれる人は、開発そのものが楽しくて仕方がない人種なのかもしれません。しかしながら、その思考は、どうやら凡人に理解できるものではなさそうな気がします。次回は第8回と言う事で、ANOBAR8の総集編。ANOBAR9へ欲しい機能について酔っ払いの戯言を書いていきたいと思います。

山崎川と鶴舞公園へ花見に2011

2011年4月10日 日曜日

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本日は山崎川に来ました。ここは新瑞橋から石川橋にかけて川沿いに桜があり、花見というより散歩コースとなっています。
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鳥がいます。
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ヒヨドリでしょうか。
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対岸も綺麗です。
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歩道も整備され実に快適に散歩が出来ます。
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途中の展望スポットでもある鼎小橋。
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このような、
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眺めです。
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川に降りられる場所も数箇所あります。
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触ると花びらが落ちます。
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さて、次のポイントへ向かいます。
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ここは鶴舞公園の近くにある駐車場。裏道を探せばわりと何とかなるものです。
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鶴舞公園の正面入り口。
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ここは花見というより宴会目的の人が多いです。
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桜がメインの公園ではないのですが、
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とにかく場所が広いので人がよく集まります。
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鶴舞公園噴水塔から見た入り口方向。
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この奥に桜の多いゾーンがあり、その下では宴会が行われているようです。
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公園内にある萩乃茶屋さん、創業大正四年だそうです。
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わざわざ場所取りなどしなくても、ここで寛げば十分に楽しめます。
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今回はきしめん(400円)をいただきます。
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きしめんというのは名古屋特有の食べ物です。熱田神宮には「宮きしめん」という有名店も御座います。
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きしめん400円
てんぷらきしめん600円
ラーメン400円
カツ丼700円
親子丼500円
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こちらは萩乃茶屋さんの近くにある別の茶屋さんで、ひさごさんです。
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ここにも涼やかな席があります。
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五平餅2本300円
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これです。
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胡蝶ヶ池です。
この鶴舞公園にはいくつかの池があり、
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亀や
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ガチョウが住んでいます。
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こちらは竜ヶ池。
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紅葉のシーズンに来ても良いかもです。
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こちらは加藤孝明伯銅像跡
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加藤孝明伯とは愛知出身の総理大臣であったようです。
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戦時物資として銅像が使われたと書かれています。
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ボート乗り場。今は営業していない様子です。
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いしずえ碑
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1964年のもののようです。
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伊吹おろしの碑
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鯱ヶ池のほとりに立てられた八高創立記念碑だそうです。
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鯱ヶ池は今ではベビーゴルフ場です。何度かやりましたが、結構面白いコースですよ。
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ピンクの椿
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薔薇にも似たこの花は、乙女椿と言うそうです。素敵な名前ですね。
それではまた。ごきげんよう。